最終更新日:2026年7月20日
結論
日本居住者がハワイの不動産を賃貸すると、何も手続きをしなければ家賃の総額に対して30%が源泉徴収されます。経費を引く前の金額に対する課税です。
これを Net Election(IRC §871(d)) により選択し直すと、経費控除後の純所得に対して累進税率で課税される方式に切り替わります。減価償却費・管理費・修繕費・固定資産税・ローン利息などを差し引けるため、多くのケースで税負担が大幅に下がります。
赤字であれば税額はゼロです。
この選択をしていないために払わなくてよい税を払っている保有者は、決して少なくありません。
2つの課税方式
米国税法では、非居住外国人(NRA)の所得を2つに分けて扱います。
FDAP所得(30%源泉徴収)
FDAP は Fixed, Determinable, Annual or Periodical の略です。利子・配当・ロイヤルティ、そして不動産賃料がここに含まれます。
課税の特徴は次のとおりです。
- 総収入(Gross)に対して課税
- 税率は一律30%
- 経費控除は一切認められない
- 源泉徴収により課税関係が完結する(申告不要)
日米租税条約により、利子や配当は税率が軽減されますが、不動産賃料については条約による軽減がありません。30%のままです。
ECI(実質関連所得)
ECI は Effectively Connected Income の略で、米国内の事業活動に実質的に関連する所得を指します。
- 純所得(Net)に対して課税
- 通常の累進税率(10%〜37%)
- 必要経費が控除できる
- 申告義務が生じる(Form 1040-NR)
Net Election とは、本来FDAPとして扱われる不動産賃料を、ECIとして扱うことを選択する手続きです。
どれだけ違うのか
年間家賃収入が6万ドルの物件で比較します。
経費の内訳(想定)
- 管理会社手数料:6,000ドル
- HOA(管理費):14,400ドル
- 固定資産税:4,000ドル
- 保険料:1,500ドル
- 修繕費:2,000ドル
- 減価償却費:14,000ドル
- 経費合計:41,900ドル
Net Electionをしない場合
- 課税標準:60,000ドル(総収入)
- 税率:30%
- 税額:18,000ドル
Net Electionをした場合
- 課税標準:60,000 − 41,900 = 18,100ドル
- 税率:10%〜12%の帯(単身の場合)
- 税額:おおむね1,900ドル程度
差額は約16,000ドルです。
さらにローン利息がある場合、経費は増えます。仮に利息が20,000ドルあれば課税所得はマイナスとなり、税額はゼロです。
この差が毎年生じ続けることを考えると、選択の有無は投資の成否を左右します。
なぜ選択しない人がいるのか
これほど有利であれば全員が選択しそうなものですが、実際には放置されているケースが多くあります。理由はいくつかあります。
理由1:制度を知らない
日本語の情報が極端に少ない領域です。「賃貸収入には30%の源泉徴収がかかる」とだけ聞いて、それが最終的な負担だと思い込んでいるケース。
理由2:申告が面倒だと感じている
Net Election を選択すると、Form 1040-NR の提出義務が生じます。手間とコストを避けたいという判断です。しかし前述の差額を考えれば、税理士報酬を払っても大きく残ります。
理由3:管理会社が何も言わない
管理会社は不動産の運営が業務であり、オーナーの税務最適化は業務範囲外です。源泉徴収を機械的に処理して、それ以上のことはしません。
理由4:ITINがない
申告にはITINが必要です。ITINを取得していないために、そもそも申告という選択肢が存在しない状態になっている。
選択の方法
手続きそのものは簡素
Net Election は、申告書にステートメントを添付することで行います。専用のフォームはありません。
ステートメントに記載すべき事項は Treas. Reg. §1.871-10(d)(1)(ii) に定められており、主に次のとおりです。
- IRC §871(d) に基づく選択である旨の宣言
- 米国内に所在する不動産の一覧と所在地
- 各不動産に対する権利の内容(所有・賃借等)
- 選択の対象となる課税年度
- 過去に選択を行い、それを撤回したことがあるかどうか
これを Form 1040-NR に添付して提出します。
一度選択すれば継続する
Net Election は、一度行えば以後の年度にも自動的に適用されます。毎年繰り返す必要はありません。
撤回するには IRS の承認が必要で、一度撤回すると原則として5年間は再選択できません。事実上、恒久的な選択と考えてよいでしょう。
源泉徴収を止めるには別途 W-8ECI
ここが実務上の重要ポイントです。
Net Election を選択しても、それだけでは源泉徴収は止まりません。管理会社や借主は、指示がなければ30%を引き続けます。
源泉徴収を停止させるには、Form W-8ECI を源泉徴収義務者(管理会社等)に提出します。これにより「この所得はECIであり、源泉徴収の対象外である」ことを伝えます。
- Form W-8ECI:源泉徴収義務者に提出(IRSではない)
- 有効期限:発行年の翌年から3年間
- ITINの記載が必須
W-8ECI を出していない場合、Net Election をしていても源泉徴収され、翌年の申告で還付を受ける形になります。資金繰りを考えれば、W-8ECI の提出はセットで行うべきです。
なお、W-8ECI の一般的な代替として W-8BEN がありますが、こちらは条約による軽減税率を主張するためのもので、不動産賃料には使えません。混同しやすい点です。
遡って選択できるか
「過去数年間、30%を引かれ続けていた」という場合、遡及して取り戻せるかという問題があります。
結論としては、一定の範囲で可能です。
Treas. Reg. §1.871-10(d)(2) は、期限後の選択について定めています。修正申告(Amended Return)により、過去の年度について Net Election を行うことが認められる場合があります。
還付請求の期限は、原則として申告期限から3年、または納付から2年のいずれか遅い方です(IRC §6511)。
つまり、直近3年分程度であれば取り戻せる可能性があります。金額が大きくなるため、心当たりのある方は検討する価値があります。
ただし、遡及選択の要件判定と修正申告の作成は専門的な領域なので、実行にあたっては税務専門家の関与を推奨します。
注意すべき点
損失は無制限に使えるわけではない
Net Election により赤字が生じても、その損失の使い方には制限があります。
受動的活動損失(Passive Activity Loss)の制限
不動産賃貸は原則として受動的活動(Passive Activity)に分類され、生じた損失は他の能動的所得と相殺できません。損失は繰り越され、将来の賃貸所得または当該物件の売却時に使用されます。
日本在住で現地の管理に関与していない場合、Real Estate Professional の要件を満たすことは通常ありません。
減価償却は将来の税負担を作る
経費として計上した減価償却費は、売却時に Depreciation Recapture として最大25%の税率で課税されます。
つまり、Net Election による節税の一部は繰り延べであり、免除ではありません。それでも資金の時間的価値を考えれば有利ですが、出口の計算には織り込む必要があります。
申告義務が発生する
選択後は、赤字であっても毎年 Form 1040-NR を提出することになります。
これは負担であると同時に、ITINの失効を防ぐという副次的なメリットもあります。3年間申告に使用されないITINは失効するため、毎年の申告は番号の維持につながります。
日本側での申告
日本居住者は全世界所得課税のため、ハワイの不動産所得は日本でも申告します。
米国で納付した所得税は外国税額控除の対象となりますが、日米で減価償却の計算方法が異なるため、両国の所得金額は一致しません。米国は住宅用不動産を27.5年の定額法で償却しますが、日本は建物の構造と経過年数に応じた耐用年数を用います。
なお、GET/TATは所得に対する税ではないため、外国税額控除の対象外です。経費として処理します。
実務チェックリスト
- ITINを取得しているか
- Net Election のステートメントを申告書に添付したか
- Form W-8ECI を管理会社に提出したか
- W-8ECI の有効期限(3年)を管理しているか
- 過去3年分について遡及選択の余地がないか確認したか
- 減価償却の計算基礎(建物・土地の按分)を把握しているか
- 損失の繰越額を記録しているか
- 日本側の申告で、米国と別建ての減価償却計算をしているか
まとめ
- 何もしなければ家賃総額の30%が課税される
- Net Election により純所得課税へ切り替えられる
- 手続きは申告書へのステートメント添付のみ
- 源泉徴収を止めるには Form W-8ECI が別途必要
- 一度選択すれば継続する
- 過去3年分は遡って取り戻せる可能性がある
この制度を知らないまま数年経過している場合、取り戻せる金額は決して小さくありません。まず直近の申告状況を確認するところから始めるのが実務的です。
参考条文
- IRC §871(a) — 非居住外国人のFDAP所得課税
- IRC §871(d) — 不動産所得を実質関連所得として扱う選択
- IRC §882(d) — 外国法人に係る同様の規定
- IRC §6511 — 還付請求の期限
- IRC §469 — 受動的活動損失の制限
- Treas. Reg. §1.871-10 — 選択の方法および要件
- Form W-8ECI および Instructions
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務助言ではありません。税率および手続きは改正される可能性があるため、実行にあたっては最新の法令および専門家の確認を行ってください。
▶ 全体像はこちら:ハワイ不動産購入の注意点|日本居住者が知るべき税金・規制・管理費
この記事を書いた人
水上 彰(Akira Mizukami)
米国公認会計士(USCPA)、IRS登録税務士(EA)、税務修士(LL.M. in Taxation, Boston University)。PwCニューヨーク事務所にて国際税務実務に従事した後、現在は再生可能エネルギー事業会社の日本法人にて財務・税務責任者を務める。日米クロスボーダー課税、プロジェクトファイナンス、不動産投資を専門とする。
より実務的な内容はnoteにて公開しています。
