はじめに
2024年9月、新しいリース会計基準が公表されました。「オペレーティング・リースがオンバランスになる」という一点だけが独り歩きしていますが、実務でこの基準に向き合ってきた立場から申し上げると、本当に難しいのは仕訳ではありません。
私はこれまで、国際税務と事業会社の財務・経理の現場で、この種の会計基準変更に何度も対応してきました。その経験から言えるのは、新リース会計は「会計基準対応」であると同時に「契約管理プロジェクト」だということです。この記事では、制度の全体像を実務家の視点で整理し、どこに落とし穴があるかをお伝えします。
1.新リース会計基準は、いつ、何が公表されたのか
企業会計基準委員会(ASBJ)は、2024年9月13日に、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」などを公表しました。これに伴い、従来の企業会計基準第13号などは適用を終了します。
適用時期は次のとおりです。
- 原則適用:2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から
- 早期適用:2025年4月1日以後開始する期の期首から(第34号第58項)
ここで実務上、私が最も注意を促したいのは、「2027年4月からすべての会社が一斉に変わる」わけではないという点です。各社の適用初年度は事業年度の開始日で決まります。3月決算会社なら原則として2028年3月期から、12月決算会社なら2028年12月期からです。この1年近いズレを見落とすと、準備スケジュール全体が狂います。
2.今回の改正を一言で説明すると
改正の本質は、
借手について、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分けていた従来の会計処理を改め、原則としてすべてのリースに使用権資産とリース負債を認識すること
です。
従来の日本基準では、借手のリースをファイナンス・リース(実質的な購入に近く、資産・負債を計上)とオペレーティング・リース(賃貸借に準じて費用処理)に分けていました。オフィス、店舗、倉庫、社宅、土地などの賃貸借は後者にあたり、長期間使用し将来の支払義務を負っていても、原則として貸借対照表には載りませんでした。
新基準は、借手についてこの区別をなくし、原則としてすべてのリースについて、資産を使う権利を「使用権資産」、将来リース料を支払う義務を「リース負債」として認識します。ASBJは、IFRS第16号や米国基準Topic 842が使用権モデルを採用した結果、日本基準との間で負債認識に差が生じ、国際比較上の論点となり得たことを背景に挙げています。
3.新基準はIFRS第16号と完全に同じなのか
完全に同じではありません。ここは実務で誤解が多いところです。
新基準は借手についてIFRS第16号と同様の単一モデルを基礎としていますが、そのすべてを取り込んだわけではありません。ASBJは、主要な定めを取り入れつつ、簡素で利便性の高い基準とし、日本の実務に配慮した代替的取扱いや経過措置を設ける方針を採っています(結論の背景BC13項)。
したがって「新しい日本基準はIFRS第16号そのもの」という理解は不正確です。より正確には、**「IFRS第16号の使用権モデルを基礎にしつつ、日本の実務に配慮した選択肢や簡便的取扱いを設けた日本基準」**と捉えるべきです。米国基準Topic 842とも、費用配分の方法などで違いがあります。
IFRS任意適用企業やIFRS基準の親会社を持つ日本法人にとって、この「似ているが同じではない」という点は、連結と個別の処理を設計するうえで重要な意味を持ちます。
4.そもそも「リース」とは何か——名称ではなく実質で判断する
第34号第6項は、リースを「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」と定義しています。
実務で決定的に重要なのは、契約書の名称ではなく契約の内容で判断するという点です。契約書のタイトルが「不動産賃貸借契約」「業務委託契約」「サービス提供契約」「電力供給契約」であっても、その契約の全部または一部が「特定された資産を使用する権利」を移転していれば、会計上のリースを含む可能性があります。
私の経験上、この「リースの識別」こそが新基準対応の最初の、そして最大の難関です。経理部がリース契約書だけを集めても不十分で、各部門が持つ賃貸借契約、サービス契約、アウトソーシング契約まで洗い出さなければ、組込みリースを見落とします。
5.「特定された資産」と「使用を支配する権利」
契約がリースを含むかの判断では、二つの要件を確認します。
① 特定された資産があるか——特定の建物、フロア、店舗区画、車両、機械、サーバーなどが、明示的または黙示的に特定されているか。ただし供給者が契約期間を通じて他の資産に実質的に代替できる場合は、特定された資産に該当しないことがあります。契約書に代替権が書いてあるだけでなく、供給者が実際に代替する能力を持ち、経済的利益を得るかという実質面の検討が必要です。
② 顧客が使用を支配しているか——顧客が使用期間全体を通じて、資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利と、使用を指図する権利の両方を有しているか。単に特定設備からサービスを受けているだけで、使用方法を供給者が決めている場合は、リースではなくサービス契約となる可能性があります。
6.借手のリース期間は、契約書の期間と同じとは限らない
第34号第15項は、借手のリース期間を「解約不能期間+行使が合理的に確実な延長オプション期間-行使しないことが合理的に確実な解約オプション期間」と定義しています。
不動産賃貸借の実務では、ここが非常に難しい。例えば契約期間が2年でも、多額の内装工事を行っている、移転コストが高い、事業上極めて重要、代替物件の確保が難しい、過去に継続更新している——といった事情があれば、更新が合理的に確実と判断され、リース期間が2年を超えることがあります。
この判断が変わると、リース負債・使用権資産・減価償却費・支払利息・財務指標のすべてが動きます。リース期間の決定は契約書の転記作業ではなく、経営判断を伴う会計上の見積りです。私見では、ここを経理部門だけで抱え込むと判断がぶれやすく、事業部門や経営層を巻き込んだ合意形成が欠かせません。
7.使用権資産とリース負債、そして割引率
新基準では、リース開始日に使用権資産とリース負債を計上します。リース負債は、開始日時点で未払いのリース料を現在価値に割り引いて測定します。将来の賃料の単純合計ではない点に注意が必要です。
現在価値の計算には割引率が要ります。原則は貸手の計算利子率ですが、借手が容易に算定できない場合は借手の追加借入利子率を使います。この追加借入利子率は、単純に通常の銀行借入金利を当てはめればよいものではなく、通貨・リース期間・担保・信用力・経済環境などを考慮する必要があります。5年のオフィス賃貸借と15年の土地賃貸借に同じ率を使うとは限りません。実務では、財務・経理が連携して割引率の決定方針を文書化しておくべきです。
なお、使用権資産の金額は必ずしもリース負債と同額になりません。フリーレント、前払賃料、建設協力金、原状回復義務などが反映されるためです。「将来家賃の現在価値を資産と負債に同額で載せて終わり」では不十分です。
8.開始後の会計処理と、EBITDAへの影響
従来のオペレーティング・リースでは賃借料を費用処理していました。新基準では、これが使用権資産の減価償却費とリース負債に係る支払利息の二つに置き換わります。
ここからEBITDAへの影響が生じます。EBITDA(営業利益+減価償却費及び償却費)の計算上、減価償却費は営業利益に足し戻され、支払利息はEBITDAより下で認識されます。そのため、他の条件が同じならEBITDAは増加する方向に働きます。
しかし——ここが最も強調したい点ですが——会社の現金収入が増えたわけでも、本業の収益力が改善したわけでもありません。「EBITDAが増えたから企業価値も上がった」という単純な評価はできません。この財務指標への具体的な影響と、経営者・銀行への説明の仕方については、後述の有料記事で詳しく解説しています。
9.すべてがオンバランスになるわけではない——簡便的取扱い
新基準は例外なく全リースを計上するわけではありません。
- 短期リース(適用指針第20項):リース期間12か月以内・購入オプションなしの要件を満たせば、使用権資産・負債を計上せず費用処理できます。ただし契約書上1年でも、更新が合理的に確実でリース期間が12か月を超えると判断されれば、短期リースにはなりません。
- 少額リース(適用指針第22項):自社の少額資産基準、契約単位の重要性(いわゆる300万円基準)、新品時の原資産価値が少額(IFRS第16号の5,000米ドル程度が念頭)という複数の考え方があり、選択した方法を首尾一貫して適用します。「少額リース=すべて300万円以下」という説明は不正確です。
なお、混同されやすい「10%基準」(使用権資産総額の重要性が乏しい場合の簡便法)は、原則として資産・負債は計上したうえで利息相当額の計算を簡便化するもので、短期・少額リースとは別物です。「10%未満なら全部オフバランス」という理解は誤りです。
10.貸手・セール&リースバック・サブリース・税務
貸手の会計処理は、借手ほど大きくは変わりません。ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの分類は維持されます。ただし収益認識基準との整合から、「リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法」が廃止されるなどの変更があります。「借手は大きく変更、貸手は分類を維持しつつ一部変更」という整理が適切です。
セール・アンド・リースバックでは、まず資産の譲渡が会計上の「売却」に該当するかを判断します。形式だけでオフバランス化できるかは決まりません。サブリースは、原則としてヘッドリースとサブリースを別個の契約として処理します。不動産を一括で借りて一部を転貸している企業は影響の確認が必要です。
そして見落とされがちなのが税務です。会計上、使用権資産とリース負債を認識しても、税務上の取扱いが自動的に同じになるとは限りません。損金算入額、申告調整、税効果、消費税について別途検討が必要で、会計システムだけでなく税務申告データへの連携も確認すべきです。国際税務の観点からも、クロスボーダーの契約では特に慎重な検討を要します。
11.財務制限条項(コベナンツ)への影響を軽視しない
CFOや財務責任者にとって、会計処理そのもの以上に重要なのが、銀行融資契約や社内KPIへの影響です。
新基準でEBITDA、Net Debt、D/Eレシオ、自己資本比率、ROA、営業キャッシュ・フローといった指標が動き得ます。銀行融資契約では、Debtにリース負債を含むか、EBITDAを旧基準ベースに調整するか、会計基準変更時の凍結条項があるか、財務制限条項をどの基準で判定するか——これらを契約書で確認する必要があります。
私の実務経験から言えば、銀行との協議では「新基準で数字が変わる」だけでなく、「変更のうち、経済実態の変化による部分と会計表示の変化による部分は何か」を区分して説明することが決定的に重要です。ここを整理せずに数字だけ提示すると、無用な誤解や条件交渉のこじれを招きます。
12.新基準で最も大変なのは仕訳ではない
冒頭で述べたことに戻ります。ここまで読むと、新基準の難所は現在価値計算や仕訳だと思われるかもしれません。しかし実務でより大変なのは、契約情報の収集と判断です。
確認すべき契約は典型的なリース契約に限りません。本社・支店、店舗、倉庫、土地、社宅、駐車場、車両、複合機、IT機器、サーバー、データセンター、発電設備、専用線、特定設備を利用する業務委託・アウトソーシング契約——これらが本社の法務・経理に一元管理されていない企業では、契約書が見つからない、支払データと契約書が一致しない、フリーレントや解約・延長オプションが把握されていない、といった問題が続出します。
会計システムは現在価値計算や仕訳作成には役立ちますが、契約がリースに該当するか、リース期間を何年とするか、どの割引率を使うかといった会計判断そのものは自動化できません。入力情報が誤っていれば、システムがどれほど精密に計算しても結果は正しくなりません。
おわりに——制度を知るだけでは足りない
新リース会計基準の最大の変更点は、借手のオペレーティング・リースが原則としてオンバランスになることです。しかし本当に難しいのは、契約がリースを含むか、リース期間を何年とするか、どの割引率・簡便法を採用するか、そして数字の変化を銀行や経営者にどう説明するか——という一連の判断です。
新基準によって、EBITDAは増え、負債は増え、ROAや自己資本比率は悪化し得る一方、会社の現金は1円も増えません。ここに、この基準を財務分析に使ううえでの最大の注意点があります。
本当に重要なのは、会計基準によって変わった数字と、事業の実力によって変わった数字を区別することです。制度を知るだけでは足りません。
さらに詳しく——財務指標への影響を掘り下げた解説
本記事は制度の全体像をまとめた基礎編です。財務指標への具体的な影響、そしてCFO・財務責任者としての実践的な対応については、私がnoteで公開している有料記事で、より踏み込んで解説しています。
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本記事を基礎編としてお読みいただいたうえで上記をご覧いただくと、EBITDA・財務指標・オフバランスの論点がより明確に理解できると思います。
本記事は、2026年8月13日時点で公表されている企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第33号を基礎として作成しています。個別契約への適用は、契約条件及び企業固有の事実関係によって結論が異なることがあります。実際の会計処理にあたっては、最新版の基準本文をご確認のうえ、必要に応じて監査法人又は公認会計士等の専門家へご相談ください。
