最終更新日:2026年7月20日
結論
日本居住者がハワイの不動産を売却すると、譲渡益ではなく売却代金の総額に対して、連邦のFIRPTA15%とハワイ州のHARPTA7.25%、合計22.25%が決済時に源泉徴収されます。
これは最終的な税額ではなく前払いです。確定申告により精算されますが、還付までに1年以上かかります。決済前にForm 8288-B(連邦)とForm N-288B(州)を申請すれば、源泉徴収額を実際の税額まで引き下げられます。
この記事では、その仕組みと具体的な手続きを整理します。
なぜ源泉徴収されるのか
FIRPTA(Foreign Investment in Real Property Tax Act)は1980年に成立した制度です。
背景はシンプルで、外国人が米国不動産を売却して利益を得た後、申告せずに本国へ帰ってしまえば、IRSは徴収する手段がありません。そこで買主に源泉徴収義務を課し、決済の時点で税金を確保するという設計になっています。
重要なのは、この義務が売主ではなく買主に課されている点です。買主が源泉徴収を怠れば、買主自身が納付責任を負います。だからこそ、エスクロー会社は決済時に確実に天引きします。交渉の余地はありません。
ハワイ州のHARPTA(Hawaii Real Property Tax Act)も同じ発想の州版で、州外居住者(Non-Resident)を対象としています。
2つの源泉徴収の内訳
FIRPTA(連邦)
- 税率:売却価格の15%
- 根拠:IRC §1445
- 使用フォーム:Form 8288 / 8288-A(買主が提出)
売却価格が30万ドル以下で、かつ買主が自己の居住用として使用する場合には免除されます。ただし投資物件の売買では通常適用されません。
HARPTA(ハワイ州)
- 税率:売却価格の7.25%
- 根拠:Hawaii Revised Statutes §235-68
- 使用フォーム:Form N-288 / N-288A
HARPTAは2018年に5%から7.25%へ引き上げられています。古い情報源では5%と書かれていることがあるので注意してください。
合計インパクト
- 売却価格 50万ドル → FIRPTA 75,000ドル + HARPTA 36,250ドル = 111,250ドル
- 売却価格 80万ドル → FIRPTA 120,000ドル + HARPTA 58,000ドル = 178,000ドル
- 売却価格 100万ドル → FIRPTA 150,000ドル + HARPTA 72,500ドル = 222,500ドル
- 売却価格 150万ドル → FIRPTA 225,000ドル + HARPTA 108,750ドル = 333,750ドル
見落とされがちな3つの落とし穴
落とし穴1:損失が出ても徴収される
最も誤解が多い点です。
源泉徴収は譲渡益ではなく売却総額を課税標準とします。したがって、購入時より安く売却して損失が出た場合でも、22.25%は容赦なく引かれます。
例えば120万ドルで購入した物件を100万ドルで売却した場合、20万ドルの損失であるにもかかわらず、222,500ドルが源泉徴収されます。この全額は最終的に還付対象になりますが、それまで資金は拘束されます。
落とし穴2:住宅ローン残債は考慮されない
源泉徴収の計算は売却価格ベースであり、ローン返済後の手取り額とは無関係です。
100万ドルの物件に80万ドルのローンが残っている場合を考えます。
- 売却代金:1,000,000ドル
- ローン返済:▲800,000ドル
- 源泉徴収:▲222,500ドル
- 仲介手数料等(概ね5〜6%):▲55,000ドル
手元に残るのは、計算上マイナスです。決済で追い金が必要になるという事態が現実に起こります。
高いレバレッジで保有している場合、事前の減額申請は選択肢ではなく必須です。
落とし穴3:還付までの期間が長い
源泉徴収された税額を取り戻すには、翌年の確定申告(Form 1040-NR)で精算します。
- 2026年8月に売却 → 2027年の申告シーズンに申告 → 還付は2027年半ば以降
つまり最短でも1年、状況によっては1年半以上資金が塞がります。ITINの取得が済んでいない場合はさらに遅れます。
減額申請という選択肢
この22.25%を、実際の税額相当まで引き下げる手続きがあります。
連邦:Form 8288-B(Withholding Certificate)
IRSに対して「実際の税額は15%より少ない」ことを証明する申請です。
認められる主な事由
- 譲渡益が小さく、算出される税額が源泉徴収額を下回る
- 売却により損失が発生する
- 租税条約により課税が軽減される
必要な添付資料
- 購入時の取得価額を示す書類(Closing Statement等)
- 資本的支出の記録(リノベーション費用等)
- 減価償却の累計額
- 売買契約書
- 譲渡益と税額の計算書
処理期間:IRSの審査に通常90日程度かかります。
ハワイ州:Form N-288B
州のHARPTAについての同様の申請です。ハワイ州税務当局(Department of Taxation)に提出します。
処理期間は連邦より短く、通常30日程度ですが、時期により変動します。
期限が決定的に重要
両方とも、決済日より前に申請を完了させる必要があります。
現実的なスケジュール感は次の通りです。
- 売却を検討し始めた段階:ITINの有無を確認。なければ即申請
- リスティング前:取得価額・改良費・減価償却の資料を揃える
- 買主決定・契約締結:Form 8288-B / N-288B を作成・提出
- 提出から90日:IRSの審査期間
- 決済:承認された金額で源泉徴収
契約から決済まで45〜60日が一般的なハワイの取引において、90日の審査期間は物理的に足りません。そのため実務では、売却を決めた段階、理想的にはリスティング前から準備を始めます。
承認が決済に間に合わなかった場合、通常どおり22.25%が徴収され、後日の還付を待つことになります。
ITINは購入時に取っておく
ここまでの手続きは、すべてITIN(またはEIN)を前提としています。
ITINがなければ、Form 8288-Bの申請も、確定申告も、還付の受領もできません。取得には通常7週間から数ヶ月かかるため、売却を決めてから動くのでは間に合わないケースがほとんどです。
購入時点で取得しておくのが、実務上の唯一の正解です。
日本側での取扱い
売却益は日本でも譲渡所得として申告対象になります。
- 米国で納付した税額は外国税額控除の対象
- ただし、源泉徴収された金額ではなく、確定申告で確定した税額が控除対象
- 日米で取得費・減価償却の計算方法が異なるため、譲渡所得の金額自体が一致しない
日本の譲渡所得は、保有期間5年超で長期譲渡所得(20.315%)、5年以下で短期譲渡所得(39.63%)となり、税率が大きく変わります。米国側の長期キャピタルゲイン税率(最大20%)とあわせ、売却タイミングは日米両方の保有期間を見て判断する必要があります。
まとめ
- ハワイ不動産の売却では、売却代金の22.25%が決済時に源泉徴収される
- 譲渡益ではなく総額ベースなので、損失が出る売却でも徴収される
- ローン残債が多いと、決済で持ち出しになる可能性がある
- Form 8288-B / N-288B により減額できるが、審査に90日を要する
- 準備はリスティング前から始める
- ITINは購入時に取得しておく
売却は買うときより難しい、と言われる理由の大半はここにあります。出口の設計は、購入を検討している段階から始めるべきものです。
参考条文
- IRC §897 — 外国人による米国不動産持分の処分
- IRC §1445 — 源泉徴収義務
- Treas. Reg. §1.1445-3 — Withholding Certificateの申請
- Hawaii Revised Statutes §235-68 — HARPTA
- 日米租税条約 第13条(譲渡収益)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務助言ではありません。税率および手続きは改正される可能性があるため、実行にあたっては最新の法令および専門家の確認を行ってください。
この記事を書いた人
水上 彰(Akira Mizukami)
米国公認会計士(USCPA)、IRS登録税務士(EA)、税務修士(LL.M. in Taxation, Boston University)。PwCニューヨーク事務所にて国際税務実務に従事した後、現在は再生可能エネルギー事業会社の日本法人にて財務・税務責任者を務める。日米クロスボーダー課税、プロジェクトファイナンス、不動産投資を専門とする。
より実務的な内容はnoteにて公開しています。
